2025年10月12日(日)

 

広島県内にある広島城、郡山城(安芸高田市)、新高山城(三原市)の3つの城巡りに行きました。

 

我が家を7時に出発し、まず向かったのは、広島城跡です。(9時40分~10時)

広島城は、来年の2026年3月22日に天守を閉城するとのことなので、開いてるうちにと思い、行きました。

 

広島城は毛利輝元が、郡山から広島に本拠を移して築いた城です。

公園には、たくさんの人が訪れていました。

 

広島城を後にして、11時30分、安芸高田市の歴史民俗博物館に到着です。ここで郡山城跡の資料をいただき、毛利元就・一族墓所入口の駐車場に向かいます。

 

郡山城は、戦国武将毛利元就の居城として知られています。

東西1.1㎞、南北0.9㎞の山城で、西日本最大級だそうです。

 

まずは毛利元就・一族墓所へ向かいます。(12時50分着)

1571年、元就は75歳の生涯を閉じ、翌年菩提寺洞春寺が建立され、境内にお墓が建てられたそうです。

「三矢の訓え」・・「一本の矢はたやすく折れるが、三本束にすれば折りがたい」と元就が一族の結束を説いたとされる逸話です。

その石碑が旧少年自然の家の敷地内に建っているそうです。見に行けなかったのが残念です。

 

毛利元就廟の下段には、一族の墓が並んでいます。

 

整備された登山道を通って「御蔵屋敷跡」に到着です。(13時18分)

 

二の丸跡(13時22分)

 

本丸跡(13時23分)城主の屋敷があったそうです。

 

勢溜の壇(13時43分)

 

安芸高田市の街並みを望むことができます。

14時20分、駐車場に到着です。

 

最後に訪れたのは、三原市本郷の新高山城です。駐車場には15時55分到着です。

新高山城は、1552年に小早川17代を継承した、毛利元就の三男小早川隆景が築城したお城です。

 

番所跡 3段から成っていて、土塁が今でも残っています。(16時13分)

 

匡真寺跡 隆景が父元就の7回忌、母妙玖の33回忌の法要を行ったところです。

 

中の丸(二の丸)跡

 

本丸跡(16時31分着)

 

詰の丸

新高山は古くから巨石をたくさん産出していたそうで、

山頂にある詰の丸には、岩壁に彫られた摩崖仏のような石像や、いくつかの石造物がありました。

 

眼下には、本郷の町を望むことができます。

 

麓に降りると、新高山城跡を望むことができます。

そして、沼田川をはさんで高山城跡も望むことができます。

その高山城は、17代隆景が新高山城に城替えするまで約350年間、沼田小早川氏の居城だったそうです。

17代当主となった隆景が、高山城に入城した1年後(1552年)、舟木山に本拠を移し、新高山城としました。

45年間続いた新高山城も、隆景が三原城に移り、1596年廃城となったそうです。